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東京地方裁判所 平成5年(タ)519号 判決

主文

一  原告と被告は離婚する。

二  原告と被告の長女A(平成元年三月一六日生)の親権者を原告と定める。

三  被告は原告に対し一五〇万円及びこれに対する平成五年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は原告に対し、平成四年一月から平成二一年三月まで毎月末日限り一か月当たり六万円を支払え。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

一  請求

主文一、二及び四と同旨。同三につき五〇〇万円の請求

二  事案の概要

本件は、鰻屋を営む被告に嫁ぎ、その家族と同居した原告が、一子をもうけた後、姑、小姑との軋轢とこれに対する被告の対応への不満から、夫婦間の信頼関係が破壊され、婚姻関係を維持することは困難になったとして、被告に対し、離婚等前項の請求に係る裁判を求めた事案である。

1  原告の主張

(一)  離婚請求について

(1) 原告は、昭和五八年ころ社交ダンスサークルで被告と知り合い、前妻との婚姻生活の不平を聞くうち、被告と親しくなり、昭和六三年三月三〇日被告と婚姻し(以下「本件婚姻」という)、平成元年三月一六日長女Aを出産した。

原告は、本件婚姻前、被告がその母、姉二人と同居して鰻屋を営んでいたことから被告の右家族との同居生活に不安を覚えていたが、原告を守ってやるという被告の言葉を信頼して、右家族と同居した。

(2) ところが、同居後の被告及び姑らの態度は、原告が期待したものとは全く異なるものであった。被告及び姑らは、原告と被告及びAの家族を独立のものとは認めず、甲野家の嫁、孫としてのみ接し、原告夫婦の私生活の独立への配慮にも欠けるところが大であった。殊に、被告の長姉の干渉は度を越し、昼夜を違わず、無遠慮に原告の部屋に無断で入り込んで怒鳴ったり、クーラーの使用、使用洗剤あるいは風呂場の使用方法等些細なことに文句を言うなどした。このため、原告は安心できる場所も時間もなく、不安定な精神状態に陥り、被告との性生活にも支障を来した。

また、経済面においても同様であり、甲野家の財政はすべて姑が管理し、原告は鰻屋の営業に従事して働いたにもかかわらず、姑から小遣いとして毎月わずか三万円の交付を受けるだけであった。

(3) 被告は、常に甲野家を第一に考え、その母や姉達の言うなりで、同人らとの軋轢に苦しむ原告をいたわる気持ちを一切持たず、原告が思い余って胸中を訴えると、無神経にもそれを姑や姉らに告げるため、原告は一層苦境に追いやられた。また、経済面についても、三万円では生活費として不十分であることを訴えると、被告は「住むところがあって、食べられて、何が不服か」と言って真剣に取り合おうとはしなかった。

加えて、被告には他人を思いやる気持ちがなく、例えば、原告が出産後卵巣嚢腫で入院し手術を余儀なくされた際も、入院中の原告に些細な事を相談に来たり、見舞いに来た姑への挨拶が悪いといって原告を叱責するなどした。

(4) 原告は、甲野家から独立した生活を求め、原告及び被告とAとで別居することを提案したが、被告はいったん同意したものの、真摯にその実現に取り組むことをせず、被告から別居の計画を知らされた姑らが財政上の理由のみから、出て行くなら、Aを置いて一人で出ていけなどと言い出すや前言を翻してこれに同調し、原告の提案を握り潰してしまった。

(5) 右の経緯の後、原告はAを連れて平成三年一二月一九日甲野家を出て、今日まで別居している。この間、原告は平成四年四月三〇日離婚調停を申し立てたが、(東京家庭裁判所平成四年(家イ)第二四二五号)、事ここに至っても、被告は「原告が勝手に出ていったのであり、勝手に苦労すればよい」などと言って、真摯な話合いをしようとせず、右調停は不調に終わった。

(6) 以上のとおりであり、婚姻前の約束に反した被告の前時代的家意識に基づく行動、原告の被告の家族との軋轢及び原告への何らの配慮もなく義母らに同調する被告の態度等により、本件婚姻は破綻を来しており、民法七七〇条一項五号所定の婚姻を継続し難い重大な事実に該当し、離婚請求は理由がある。

(二)  慰藉料請求について

本件婚姻生活の破綻は専ら被告に原因があり、被告は原告が右破綻により被った精神的苦痛を慰藉すべき責任があるというべきところ、右は五〇〇万円をもってするのが相当である。

(三)  親権者指定について

Aは現在原告と同居しており、今後も同居を望んでいること、同児の年齢(現在満五歳)等を併せ考慮すると、親権者は原告と指定するのが適当である。

(四)  養育費について

原告は、現在パート勤務により月額一三万円程度の収入を得ているのみであるのに対し、被告は鰻屋を経営しており、その経済的優位差は明らかであって、被告に対し、前記別居の翌月である平成四年一月からAが成人に達する平成二一年三月まで毎月末限り、同児の養育費として月額六万円の割合の金員の支払を負担させるのが相当である。

2  被告の主張

(一)  原告は、被告が家族と同居して鰻屋を営んでいることを熟知して本件婚姻及び同居に至ったものである。また、同居しているのは、被告の母と次姉のみであり、長姉は同居していない。長姉は乳癌に羅患しており、被告はその面倒を見る必要があるが、小姑二人との同居は適当ではあるまいとの原告に対する配慮から、長姉は別居生活をしている。

(二)  原告の不満は、嫁姑の同居の際に生じる些細な食違いに起因するものである。さらに、原告の不満が集中している被告の長姉には前記の経緯で同居の必要があるにもかかわらず、同居を諦めさせており、また、原告と被告及びAとの別居の話しも真剣に検討し、同居の次姉が家を出るため転居先を探していたところ、原告が勝手に家を出たため実現しなかったのであり、原告に対する配慮に欠けるとの非難は当たらない。

被告は現在でも婚姻生活が破綻しているとは考えておらず、原告に対する気持ちは婚姻当初と変わらず、Aのためにも原告との婚姻生活の継続を切望している。

(三)  慰藉料及び養育費の請求は争う。また、Aの親権者は被告とするのが適当である。

三  裁判所の判断

1  離婚請求について

(一)  証拠(甲一ないし四、乙一、原告及び被告本人)に弁論の全趣旨を併せ考察すれば、本件婚姻から別居に至るまでの経緯として次の事実が認められる。

(1) 被告は、原告との婚姻以前に、昭和五九年八月二〇日Bと婚姻したが、昭和六一年一〇月一四日離婚の裁判の確定により同人と離婚した。

原告と被告は、被告のBとの婚姻(原告は右婚姻の披露宴に出席している)前にダンスクラブで被告と知り合っていたが、Bとの婚姻生活上の不平を聞くうち被告と親しくなり、昭和六三年三月三〇日被告と婚姻し、平成元年三月一六日Aを出産した。

原告は、被告が家族と共に父親の代からの鰻屋を営んでいること、婚姻後被告の母や姉と同居し、自らも鰻屋の営業に従事することを承知の上で本件婚姻に至ったものであり、婚姻の約一年後に現在の建物が完成し、原告は被告と共に同建物に転居し、被告の家族と同居を始めた。右建物は五階建であり、一、二階が鰻屋の店舗、三階が被告の母と次姉の、四階が原告家族の、五階が長姉のそれぞれ居住部分に割り当てられたが、長姉は半同居の状態であった。

(2) このようにして同居生活を始めたものの、いわゆるサラリーマンの家庭に育った原告は、大所帯で同居し、一家総出で働く鰻屋の生活になじめず、姑や小姑らから生活上の細々としたことにまで干渉を受け、経済的にも月額三万円程度の小遣いを与えられるのみであったこと(もっとも、被告の母及び姉らも鰻屋の営業に勤しんできたが、原告より格別高額の報酬を与えられていたことを認める証拠はない)等から、精神的にも物質的にも原告自身及びその家族の独立した生活を得ることができず、精神的に不安定な状態に陥り、思い悩んでいった。殊に、長姉からの前記原告の主張(一)(2)掲記に係るような類の干渉を受けたことが原告には耐えられず、被告に悩みを訴え、善処方を頼んだが、被告はこれを真剣に取り合うことはしなかった。このため、原告は被告に対し、原告ら家族が独立し、別居することを申し出たが、前記建物の建築費用のローン返済(月額二〇万円程度)を抱えていた被告及び姑らは、経済的理由から原告の求めるような形での別居に反対し、原告の右申出は実現に至らなかった。

(3) この間、原告は右同居生活に耐えられず何度か実家に戻る等していたが、遂に、平成三年一二月一九日被告に告げることなく突如Aを連れて家出し、以来パートで働きながら、母子寮に居住して今日に至っており、原告との婚姻関係を継続する意思は全く有していない。なお、被告は、右別居後原告及びAに対し生活費は全く交付していない。

(二)  右事実に基づき検討するのに、原告は一家で鰻屋を営む全く未知の環境の家庭に嫁いだことを考慮するにしても、被告がBとの婚姻生活に失敗していたこと及び被告の家族構成を知った上で、被告の家族との同居を了解して本件婚姻に至ったのであり、サラリーマンの家庭とは異なり、相当の私生活の干渉ないし制約を受けることや、新店舗建設直後の経済状態がいかなるものであるか等は容易に予測できたことであって、原告が不満を述べる程度の被告の母や長姉の干渉のみから直ちに離婚事由があるものとを認めることは困難というべきである。

しかしながら、原告が前記認定の干渉等を受ける中で精神的、物質的に自由ないし独立の喪失感を覚え、次第に思い詰め孤立化していった状況もまた容易に理解できるところである。ところが、このような状況にある原告に対して、被告は、既に一度婚姻に失敗した経験を有しているにもかかわらず、いずれ原告も被告の馴れ親しんできた家庭環境や家風ないし価値観に当然同化してくるものとたかを括り、問題意識を持って自身の家庭環境を顧みようとする気持を全く持たず、成行きのままに放置して原告が譲歩して来るのを待つことで良しとし、原告の訴えをさして深刻に受けとめることができず、かえって原告に現状を受容することを強く求めるのみであったのであり、その対応は適切を欠いたものであったといわざるを得ない。

(三)  このように、原告と被告との婚姻生活は、両名の育成した家庭環境及びその中で培われた価値観の相違により破綻が生じ始め、被告が適切な対処方法を怠ったことにより原告の被告に対する信頼は完全に瓦解してしまったことに加えて、別居以来既に二年半余が経過したが、この間被告が事態の改善のために格別の努力をした形跡は認められず、また、原告は被告との婚姻生活を継続する意思を全く有していないことを考慮すると、本件婚姻生活はもやは修復し難い破綻状態に達しており、婚姻生活を維持することは到底困難であるというほかない。

したがって、原告の民法七七〇条一項五号に基づく離婚請求は理由がある。

2  親権者の指定と養育費

(一)  Aが現在満五歳の女児であること、原告の下でのそれなりの円満な生活が形成されてきていること等を考慮すると、同児の親権者は原告と指定するのが相当である。

(二)  原告と被告の現在及び将来にわたり予測される経済力の対比、Aの年齢を考慮すると、被告が負担すべきAに対する養育費は月額六万円と認めるのが相当であり、被告は平成四年一月から同児が成人に達する平成二一年三月までの間毎月末日限り六万円を支払うべき義務があるものと認める。

3  慰藉料

前記認定の本件婚姻に至る経緯、被告の原告に対する不適切な対応が本件婚姻生活の破綻に決定的な影響を与えていること、更に、被告は原告の離婚調停の申立てにも真摯な対応をせず、別居後の二年半余の間生活費の支払もしていないこと、その他本件審理に顕れた一切の事情を併せ考慮すれば、被告が原告との婚姻生活の破綻により被った精神的苦痛を慰藉するには一五〇万円をもってするのが相当であり、右を超える慰籍料請求部分は理由がない。

4  よって、主文のとおり判決する。

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